※この記事には映画『佐藤さんと佐藤さん』のネタバレを含みます。未視聴の方はご注意ください。
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映画『佐藤さんと佐藤さん』は、司法試験合格を目指す佐藤タモツと、後からその勉強に加わる佐藤サチの関係を描いた作品だ。
サチが先に司法試験に合格する一方で、タモツは何度も不合格を経験し、夫として、父として、受験生として揺れ続ける。
この記事では、そんなタモツという人物をきっかけに、挫折しても諦めなかった人がなぜ魅力的に見えるのかを考えたい。
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タモツは、分かりやすく魅力的な人物ではない
映画を見ていて、タモツが分かりやすく魅力的な人物として描かれていたかというと、正直そうではないと思う。
むしろ、見方によってはかなりイラつく人物だ。
サチに経済的に支えられている。
なかなか司法試験に受からない。
それなのに、サチへの当たりが強い場面もある。
拗ねるし、逃げるし、不機嫌にもなる。
「こんなに支えてもらっているのに、なぜそんな態度を取るのか」
と感じる人もいると思う。
実際、私もタモツを全面的に擁護したいわけではない。
彼の弱さによって、サチが傷ついていたのは間違いない。
家庭を支えながら働くサチにとって、
タモツの不機嫌や停滞はかなりしんどかったはずだ。
ただ、それでも私は、タモツをただの情けない人間として片づけることができなかった。
彼は何度も失敗している。
妻に先を越されている。
地元に逃げそうにもなる。
支えてくれる人を傷つける場面もある。
それでも、最終的には諦めなかった。
34歳で、ようやく司法試験に合格する。
日本でも屈指の難関試験に、10年以上向き合い続け、最後に合格を勝ち取る。
これは、やはりものすごいことだと思う。
挫折そのものを美化したいわけではない
ただし、ここで勘違いしたくないのは、挫折そのものを美化したいわけではないということだ。
早く受かるなら、早く受かった方がいい。
最短で成功できるなら、それに越したことはない。
遠回りしないで済むなら、しない方がいい。
不合格も、浪人も、停滞も、経験している最中は本当にきつい。
「あとから見れば良い経験だった」と言えることもあるが、
それはあくまで後から振り返った時の話だ。
渦中にいる時には、そんな綺麗な言葉では到底片付けられない。
タモツも、おそらく何度も自分に失望したはずだ。
自分はこんなはずではなかった。
昔はもっとできたはずだった。
なぜサチは先に行けて、自分はまだここにいるのか。
そういう感情を抱えながら、それでも試験に向かい続けるのは、相当しんどい。
だから、挫折はした方がいい、とは思わない。
けれど、挫折を経験してもなお、自分の人生を投げなかった人には、簡単には出せない厚みがあると思う。
魅力を作るのは、挫折ではなくその後の態度
挫折した人が自動的に魅力的になるわけではない。
挫折して、ただ人を妬むだけになる人もいる。
失敗を言い訳にして、何もしなくなる人もいる。
自分がうまくいかなかったことを、周囲や環境のせいにし続ける人もいる。
そうなってしまうことも、人間としてはよくわかる。
自分自身もこうやって腐っていた時期があった。
でも、それだけでは魅力にはならない。
魅力を作るのは、挫折そのものではなく、挫折した後の態度なのだと思う。
うまくいかなかった時に、何を考えたのか。
自分の弱さとどう向き合ったのか。
どれだけ腐らずに、もう一度前に進もうとしたのか。
そこに、人間としての厚みが出る。
タモツは決して綺麗な人間ではない。
嫉妬もする。拗ねる。逃げそうにもなる。
でも、最後の最後で完全には諦めなかった。
そこに、私はどうしても惹かれてしまう。
遠回りした人と話すと、なぜか面白い
これは自分の経験とも重なる。
私は大学受験で3浪している。
当時は、本当に人生が終わったように感じていた。
周りの友人たちは大学生活を進め、就職活動の話をしている。
一方で、自分はまだ受験生をしている。
たった数年の遅れでも、その最中にいるとかなり重い。
ただ、今振り返ると、その時間が自分の中に残したものもあると思う。
うまくいかない時間を経験すると、人の弱さに対する解像度が少し上がる。
結果が出ない焦りや、周りが前に進んでいるように見える苦しさを、
多少なりとも身体で知ることになる。
私の周りにも、浪人、編入、資格試験、事業の失敗など、
何かしら遠回りを経験している友人がいる。
そういう人たちと、少人数でじっくり話す時間が私はかなり好きだ。
大人数の場では見えない、その人の考え方や価値観が見えてくる。
なぜその道を選んだのか。
何に苦しんだのか。
どこで折れそうになったのか。
それでも、なぜ続けたのか。
そういう話を聞いていると、「この人は面白いな」と思うことが多い。
それは、単に挫折したからではない。
挫折して、それでも何かを考え続けたからだと思う。
タモツは、きっといい弁護士になったのだと思いたい
作中では、合格後のタモツの人生は多く描かれていない。
だから、彼がその後どんな弁護士になったのかは分からない。
それでも私は、タモツはきっと、いい弁護士になったのだろうと思いたくなった。
何度も落ちた人間だからこそ、
うまくいかない人の気持ちが分かるかもしれない。
自分の弱さに飲み込まれそうになった人間だからこそ、
誰かの弱さに対して、簡単に正論を振りかざさないかもしれない。
報われない時間の苦しさを知っているからこそ、
苦しんでいる人の話を途中で切り捨てないかもしれない。
もちろん、これは私の願望にすぎない。
でも、そう思いたくなるだけの時間を、タモツは通ってきたように感じた。
彼は分かりやすく立派な人間ではない。
分かりやすく爽やかな成功者でもない。
むしろ、情けないところをたくさん見せる。
それでも、何度も失敗しながら、最後には合格を勝ち取った。
その事実は、かなり重い。
遠回りを、ただの傷で終わらせたくない
挫折は、できれば避けたい。
最短で結果を出せるなら、その方がいい。
遠回りしないで済むなら、それに越したことはない。
でも、すでに遠回りしてしまった時間があるなら、それをただの傷で終わらせたくはない。
うまくいかなかった時間を、言い訳にするのではなく、自分の厚みに変えたい。
タモツを見ていて、そう思った。
何度も失敗しても、諦めなかった人は魅力的に見える。
それは、失敗したからではない。
失敗しても、自分の人生を投げ出さなかったからだ。
私もそういう人間でありたい、と強く思わされる作品だった。
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映画「佐藤さんと佐藤さん」については別記事でも書きました。






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