なぜ私は「期待値」を人生の軸に置くのか

なぜ私は「期待値」を人生の軸に置くのか。のアイキャッチ画像 人生設計

結果だけでは、判断の良し悪しはわからない

正しい判断をしても、結果が悪いことはあります。
逆に、甘い判断がたまたまうまくいくこともあります。

私は、投資をしている中で「結果だけでは判断の良し悪しはわからない」と強く感じるようになりました。

だからこそ、投資だけでなく人生全体を、できるだけ「期待値」で考えたいと思っています。

ここでいう期待値とは、未来を完璧に当てることではありません。

未来は読めません。
正解も最初から与えられていません。
それでも、限られた情報の中で、その時点で最も期待値の高い選択を目指すことはできる。
私は、その姿勢を大事にしたいと思っています。

この考え方は、投資だけの話ではありません。

勉強もそうです。
習慣化もそうです。
人間関係も、時間の使い方も、かなりの部分で同じだと思っています。

その瞬間は面倒でも、
長い目で見れば自分を良い方向に運ぶ選択がある。
逆に、その場では楽でも、後から見ると明らかに期待値の低い行動もある。

私はそういう日々の小さな選択も含めて、
できるだけ期待値の高い方を選べる人間になりたいと思っています。

麻雀が教えてくれた、不完全情報の面白さ

この感覚は、私が麻雀を好きな理由ともつながっています。

麻雀は、将棋やチェスのように、
両者がすべての情報を開示された状態で戦う完全情報ゲームではありません。
見えていない牌が大量にある中で判断を積み重ねていく、不完全情報ゲームです。

だから、正しい選択をしても短期では負けることがある。
逆に、少し甘い判断がたまたまうまくいくこともある。

将棋であれば、藤井聡太さんが初心者に平手で負けることはまずありません。
でも麻雀では、No.1の実力者と評される多井隆晴さんでさえ、
ルールを覚えたての初級者に負けることがありえます。

ここが、麻雀の面白さであり、同時に難しさでもあります。

だからこそ大事なのは、
目先の結果だけで自分を評価しないことです。

苦悶の表情の多井さんぽいおじさん


その一打にどれだけ期待値があったのか。
その判断にどれだけ再現性があるのか。
そこを見ようとする姿勢が重要になる。

私は、この感覚が好きです。
そしてそれは、投資にも人生にもそのまま通じると思っています。

もちろん、現実にはいつもそんなに綺麗にはできません。

楽な方に流れることもありますし、
感情で判断を濁らせることもあります。
後から振り返って、あれは期待値の低い行動だったと思うことも多いです。

それでも、完璧であることより、
判断を少しずつ修正していくことの方が大事だと思っています。

私は、資産を増やしたいですし、
自由に使える時間も増やしたい。

そのために、限られた情報の中でも
より期待値の高い投資判断を積み重ねられるようになりたいですし、
その土台として会計やファイナンスももっと理解したいと思っています。

ただ、その根っこにあるのは、
結果そのもの以上に、
自分の頭で考え、納得して判断し、
その積み重ねで人生を形にしていきたいという思いです。

このブログに残していきたいこと

このブログの名前に「期待値」と入れたのは、
その判断基準を自分の中で曖昧にしたくなかったからです。

投資のことも、学習のことも、日常のことも書いていくと思います。
ただ、その全部の根っこには、

「目先の結果だけでなく判断の質を見る」という感覚があります。

うまくいった時だけではなく、
迷った時、外した時、崩れた時に何を考えていたのか。

その過程も含めて、このブログに残していこうと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました